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【アラベスク】  第14章 kiss



第2節 本気の証 [1]




「どういう事なんだ?」
 マンションから出てくる美鶴を待ち伏せ、聡は携帯を突き出した。両肩に手を乗せて問い詰める。
「この写真は、どういう事だ」
 携帯画面には、抱き合ってキスをする一組の男女。男は瑠駆真。そして女は、美鶴。
「日付は昨日だ。昨日の夜に、何があった?」
「あ、の」
「これはどこだ? 瑠駆真と何があった? この写真は何だ? 誰が撮った?」
「えっと」
「瑠駆真と何があった? どういう事なんだ?」
「ちょっと待ってよっ」
 矢継ぎ早に質問してはこちらの話を聞こうともしない相手の態度に、美鶴の混乱は増していく。
「待ってよ」
 どうしてこんな写真が携帯に? そんなのこっちが聞きたいよ。
「ちょっと待って」
 落ち着こうと、半分は自分に言い聞かせる。そんな美鶴の頭上に、無情な声が降る。
「待てない」
 そうして両肩を抱き寄せる。
「説明してくれ」
「ちょっと」
「どういう事だ? 今すぐ説明しろ」
「だから」
「今すぐにだっ!」
 叫ぶような声に美鶴は目を瞑った。
「叫ばないで」
「これが叫ばずにおれるかよっ」
「やめてよ。ここマンションの入り口だよ」
 しかも今は通勤通学時間帯。いつ誰がマンションから出てくるかわからない。近くには管理人室もある。騒げば目を引く。
「騒がないで」
「じゃあ説明しろ」
「説明するから、騒がないで」
 必死に聡の胸を押す。激しく動悸している。冷静でないのが、掌に伝わる。
 下手に刺激すればいつ再び声をあげるかわからない。
 そんな不安が美鶴の胸の内に沸く。
 でも、聡を興奮させないように説明するって、どうやって?
 どうしてこんな写真を撮られてしまったか? 理由はわからないが、撮った人物ならわかる。
 小童谷陽翔。
 そもそもの原因だ。自分を言葉巧みに捕まえて、瑠駆真の前に引き出し、そうしてキスした。
 キスされた。
 そうだ、自分は瑠駆真との前に、あの男ともキスを、してしまった。
 それを聡に告げるのか。ここで? この男に?
 ゴクリと生唾を呑み、極端に視野の狭まっている男を見上げる。
 できない。手短に簡潔に立ち話で納得させるなんて、そんな芸当は私にはできない。
 でも、その説明を抜いてしまっては、瑠駆真とのキスの経緯(いきさつ)を説明する事はできない。
「こ、ここでは無理だ」
「無理? なんでだ?」
「なんでって」
 周囲を伺う。こんなところを誰かに見られたら。
「話が長くなる。こんなところで立ち話するような内容じゃない」
 だから後でゆっくりと、せめて自分自身がまずこの状況を十分に把握して納得してから。
 そう続けようとした美鶴の肩に、ずっしりと重いものが圧し掛かる。
「え?」
 気付いた時には、すでにマンションの入り口へと向けられていた。
「ちょちょちょっ」
 肩を抱かれ、背後から押される。
「ちょっと」
 だが、美鶴の声など聞こえていないような素振りで、聡は短く告げる。
「開けろ」
「え?」
「ドア、開けろってんだよ」
 マンションの入り口を開けるには鍵と暗証番号がいる。聡はそのどちらをも持っていない。
「ちょっと」
「開けろよ。ここじゃダメなんだろ? 部屋でじっくり説明してもらうよ」
「部屋でって」
「何か不都合でもあるのか?」
「大有りだよ。私、これから学校が」
「サボれ」
「は? はぁ? 冗談でしょう? 私、出席日数が」
「一日くらいどぉって事ねぇよ」
「私はあるのよ。自宅謹慎させられてたんだから」
「じゃあいっその事、落第でもすれば? 俺、付き合うぜ」
「冗談でしょう。それに、そ、そう、お母さんが」
「おばさん? 別にいいんじゃねぇの? おばさんいたって話はできるだろう? それとも何? おばさんには聞かれたくない話とか?」
「そういう問題じゃなくって」
「ごちゃごちゃと、うるせぇなっ!」
 痺れを切らしたかのように、声を荒げる。
「ここじゃあ説明できねぇんだろう? それとも何か? ご希望ならまたここで騒いでやってもいいんだぜ」
 チラリと管理人室へ向ける視線が、どことなく卑猥だ。
 弱みを握った者の視線。
 美鶴は唇を噛み締め、意を決して暗証番号のボタンへ指を伸ばした。





 瑠駆真は、視線には気付いていた。だが、しばらくはわからなかった。ご丁寧に告げてくれる者もいなかったし、彼には毎朝学校裏サイトをチェックするなどという習慣はない。メールをまわしてくる者もいなかった。当事者にわざわざメールを送るような者もいないだろう。
 だから瑠駆真は、何かあるなとは気づいていたが、事情を知るのには時間がかかった。震えながら問いかけてくる女子生徒がいなければ、ひょっとしたら放課後くらいまで知らずにいたのかもしれない。
「あ、あの、山脇様」
 振り返る先で、小柄な女子生徒が自分を見上げている。
 震えている。山脇様とは呼びながら、普段のような、媚びるような、自分を売りつけるような仕草は見えない。
「何?」
 怪訝に思いながら答えると、相手はなぜだが無言で視線を逸らす。
「何?」
 再び問い掛け、ふと周囲に気付く。見渡すと、遠巻きに向けられる視線。
 見られている。







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